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東京地方裁判所 昭和25年(ヨ)1538号 決定

申請人 全日本金属労働組合東京支部理化学興業分会

右代表者 執行委員長

被申請人 理化学興業株式会社

一、保証 無保証

二、主  文

被申請人は、申請人組合の組合員たる從業員の労働條件(労働者の待遇に関する條件を含む。)の基準については、昭和二十四年一月一日実施された就業規則によらなければならない。

申請人のその余の申請はこれを却下する。

三、理  由

第一、申請の趣旨

被申請人の就業規則は、昭和二十四年一月一日から実施された就業規則によらなければならない。

第二、爭のない事実関係

申請人は被申請人会社の從業員を以て組織せられた同会社内唯一の労働組合である。被申請人はその前身たる旧会社江北工場において、昭和二十三年十二月一日に制定せられ昭和二十四年一月一日から実施せられた就業規則(以下旧就業規則という。)を承継施行していたが、その第七一條には「この規則を改正する必要を生じた場合には、組合の同意を得て行う。」と定めてある。しかるに被申請人は昭和二十五年三月十五日申請人に対して、就業規則を変更したい旨申入れ、文書による應酬を重ねた末、同月二十五日団体交渉をもつたが、申請人の同意が得られなかつたので、被申請人は、旧就業規則を変更し、労働基準監督署に届出のうえ同年四月十七日からこれを実施している。

第三、爭点及び当裁判所の判断

本件爭点は、右就業規則の変更が、旧就業規則第七一條に違反して無効であるかどうかの点にある。

一、労働基準法第九〇條は使用者が、就業規則を変更するには同條所定の労働組合又は労働者の意見を聽けば足る旨を規定する。しかしながらこの規定は右の手続をふめば就業規則の変更は無制約に許されるものと解さるべきではない。

就業規則中労働條件(以下すべて労働者の待遇に関する條件を含む。)の基準を定める部分は個々の労働契約に対して直律的効力をもつものであるから(同法第九三條)、その変更は労働協約によるか又は労働契約の相手方たる労働者との合意によるものでない限り許されないものと解すべきである。けだしこの事は契約原理当然の帰結である。もつとも、労働契約の本質を單に企業内における從業員たる地位を取得するものに過ぎず、一切の労働條件は挙げて就業規則又は使用者の一方的意思のみにかからしめる契約であると解する見解があるが、かかる見解によれば労働契約とは法律上当然に使用者委せのいわば白地式労働供給契約に過ぎないことを肯認するものであり、社会学的観察としてならばともかく、かくては労働者の人格はもとより近代法的契約関係の存在自身すらも否認するにひとしく、著しく近代法の原則に反するのみならず、労働基準法第九三條の立法趣旨の大半を無價値ならしめるものであるから、かゝる見解には、にわかに賛し得ない。(なお前記判示は既存の労働契約の当事者たる労働者に対する関係において、労働條件の基準を定める就業規則の部分の一方的変更が相対的に無効であるというのであつて就業規則変更後新たに使用者と労働契約を締結する者が新就業規則によつてき束せられることを否定する趣旨ではない。)次に、就業規則中労働條件の基準を定める部分を除くその余の部分は、本來経営権の專権に属する範囲であるから、法令又は労働協約にてい触しない限り使用者において一方的に変更し得るものといわなければならない。

二、そこでこれを本件の場合についてみるに、

(イ)  被申請人会社と申請人組合の組合員たる会社從業員との間の労働契約は旧就業規則により、これに定める労働條件の基準に從いそれぞれその内容を補充せられているものということができる。從つて新就業規則中旧就業規則に定める労働條件の基準を変更したもので、從業員において爭つている條項は、一旦旧就業規則の適用を受けた申請人組合の組合員たる從業員に対しては、これを適用するに由なくその限りにおいてこれらの條項は相対的に無効であり、旧就業規則の当該條項が依然効力を存続するものといわなければならない。

しかし労働條件の基準を定めた以外の部分は後記理由により旧就業規則第七一條の規定にかかわらず有効に変更せられたものといい得る。

(ロ)  ただ次掲の諸條項は労働條件に密接な関係をもち、本件紛爭の樞軸をなすものと考えられるから特にこの点についての説明を加える。

(1) まず就業時間中の外出許可(新規則第三二條)面会許可(同第二七條)職場離脱の許可(同第二八條)等であるが、これらは本來使用者の有する労務指揮権に属する事項であるから使用者は企業の必要に應じ、一方的に変更できるものといえる。

(2) 從業員の轉勤休職等に関する組合との協議の必要(旧第三五、第三六條)(新第四二、第四四條により削除)、解雇に関する組合の同意の必要(旧第三七條)(新第四九條同)、懲戒褒賞における賞罰委員会の構成が会社及び組合の二者構成なること(旧第六四條)、(新第八一條同)、傷病を証明する医師の指定につき会社と組合の協議の必要(旧第六二條)(新第七八條同)等の條項は、個々の從業員の労働の場所、労働契約関係の終了ないし停止等に関し重要なかかわりをもつものではあるが、本來使用者の專権に属する企業経営について、使用者の発意により労働組合の参加を認めた一の恩惠的制度である点にその本質があり、(この点協約により獲得せられた同意約款ないし協議約款と異る)その制度たる意味において、かゝる條項は「労働者の待遇に関する基準」そのもの、即ち「いわゆる規範的部分として個々の契約内容となるもの」ではないから、前敍説示の如く労働契約の側面から拘束されることはない。從つて使用者は(労働協約にてい触しない限り)必要に應じ何時でも一方的にこれを変更できるものといわなければならない。(ただしかゝる條項といえども、それが存続する限りは、これに違反する行爲はその重要度に應じ無効を招來するものといわなければならない。この点については昭和二十五年十二月二十三日当廳昭和二五年(ヨ)第八九一号高岳製作所事件決定参照)

(ハ)  よつて進んで旧就業規則第七一條の規定の意義について考える。同條は労働條件についての基準を定めた部分については当然のことを規定したものに過ぎないが、それ以外の本來使用者に属する労務指揮、職場内の秩序維持、施設保管、経営の仕方等に関する條項の変更についてはたとい使用者が組合の同意を得て行う旨明文を以て表示したとしても、かゝる規定の自律性に永久的拘束力をもたせることは労働協約における同種約款との対比において権衡を失するのみならず、就業規則本來の性質を逸脱するものといわなければならない。労働者が就業規則によつてかかる制度の存続を維持しようと図ることは、就業規則の本來有する効力以上のものを就業規則に期待するものに外ならないから、使用者がかかる條項を改廃して就業規則を変更したとしても、右改廃はもとより、労働條件の基準を定める以外の部分の変更を無効と目すべきではない。労働者がかかる経営参加制度を維持存続せんとせば、すべからく労働協約によつてこれを獲得すべきである。

三、申請人は旧就業規則第七一條違反による新就業規則の全部無効なることを前提として被申請人会社が全面的に旧就業規則に準拠すべき旨の仮の地位の形成を求めているのであるが、以上にのべた通り旧就業規則中労働條件の基準を定めた部分については旧就業規則によるべきであり、その他の部分、とりわけ申請人が最も重要視する前記経営参加條項については、被申請人会社は新就業規則を有効に施行することができるのであつて、この部分についての申請人の主張は失当である。

よつて主文のように決定した次第である。

(裁判官 古山宏 中島一郎 緒方節郎)

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